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2021年6月6日日曜日

劉備に髭がないことをいじったがために、処刑になった張裕の話。

劉備に髭がなかった話


劉備の口周りには、髭がなかったようです。
若いころの話ではありません。
入蜀する直前のエピソードで、劉璋と面会した際に、髭がないことをからわれた、という話があるのです。

当時、すでに劉備は五十代後半。
髭がないと、宦官のようだと揶揄される風潮のあった当時において、髭がない、ということは珍しいことでした。
劉備もこのことを気にしていた様子。
劉備に髭がなかったこと、そのことをからかった猛者と、その末路をお話していきましょう。


入蜀時の張裕のよけいな冗談


髭がなかったとするエピソードは、三国志の蜀書・周羣伝にあります。
周羣とは、蜀の高名な図讖(将来の吉凶を示す神秘的な予言)を解読する人で、当時、かなり名声がありました。
いわば蜀漢版ノストラダムスです。
その周羣より、図讖の術にたけていたとされているのが、張裕、字を南和。
この人は劉璋の時代から周囲の信頼をあつめていたようで、劉備と劉璋が涪で面会したさいにも、その場に同席していました。

張裕には、豊かな髭がありました。
それを見て、劉備がからかいます。
「わしは涿県の育ちだが、家の周りは『毛』という家だらけだった。東西南北、毛だらけで、琢県の令は、『毛家が涿県のまわりをぐるりと(髭のように)取り囲んでおるわい』と言っていたっけ」(意訳でお届け)

この罪のなさそうな冗談に、よせばいいのに張裕が言い返しました。
「むかし上党(じょうとう・蜀の地名)の潞(ろ・役職名)から涿県の令に昇進したものがおりました。その者はすぐにお役目をやめて家に帰ったのですが、ある人がこのひとに手紙を送ったのです。
しかし、宛名をだすとき、はたと困ってしまいました。というのも、宛名に潞の長と書けば、琢の令であった事実を無視することになりますし、琢の令とかけば、その逆です。
そこで、『涿潞君』と記しました」

わかりづらい嫌味です。
要するに、「涿」と「啄」の字が似ていることから「涿」を口にひっかけて、「潞」と「露」をなにもないにひっかけたのです。
両方合わせて「涿潞君」とは、口の周りに毛が全く生えていない、という意味になる、という仕掛け。
劉備はカチンときたようですが、当時はまだお客さんという立場でしたから、ぐっと我慢をしたのです。


張裕の予言


漢中を曹操から争奪するさいに、劉備はみなに戦役の成否を聞きました。
天空の状態から、予言を導く術を知っていた張裕は、
「漢中で争ってはいけません。必ず負けてしまうでしょう」
と予言しました。
一方、同じ術を知っていた周羣のほうは、
「漢中を手に入れることはできましょうが、住民を手に入れることはできないでしょう」
と予言しました。

蓋を開けてみれば、張裕の予言は外れてしまい、漢中争奪戦は勝利。
ただし、住民を手に入れることはできなかったので、周羣がピタリと当てたことになります。
周羣の地位が上がった、と周羣伝にあります。

一方、張裕は、これまたよせばいいのに、ある予言をうっかり人にしゃべってしまいます。
それは、
「庚子の年(西暦220年にあたる)に天下が変わって、劉氏の帝位はおしまいになる。ご主君(劉備)が益州を手に入れてから九年後の寅年と卯年のあいだに、ご主君は失われるであろう」
というもの。
つまり、劉備の寿命を予言してしまったのです。


悲しい末路


衝撃的な張裕の予言!
それをまた、劉備に密告した者がいました。
密告者の名は伝わっていませんが、余計なことをしたものです。

かわいそうな張裕は捕らえられ、「髭をめぐる不遜な言動、漢中争奪戦のときに予言を外した、不吉な予言をした」の三つを理由に、処刑されることになりました。
孔明が、かれのため、減刑の嘆願書を出したのですが、劉備の怒りはおさまりません。
「かぐわしい蘭でも、門に生えたら引っこ抜かねば仕方あるまい」
とは、劉備の言。
かなり怒っているのが伝わってきます。

かくて、張裕は市で処刑されてしまったのでした。
享年は伝わっていません。


しかし予言が当たる……!


しかし、現実では、張裕の予言通りのことがおきました。
ときの帝は曹丕によって帝位を追われて、「劉氏の帝位がおしまい」になりました。
さらに、劉備も寅年と卯年のあいだに崩御。
予言がぴったり当たったのです。
だれもが張裕のことを思い出し、残念に感じたにちがいありません。

周羣伝はおもしろいことに、周羣その人の事績より、張裕の事績のほうが目立つ記述になっています。
さいしょに蜀書を書いた陳寿も、張裕を惜しんだのではないでしょうか。
ちなみに、周羣伝には、張裕は人相術もよくする人だったことが書かれています。
さいごの文章は、
「鏡で自分の顔を見ては、いずれ刑死すると出ている顔相に腹を立て、鏡を地面に叩きつけていた」
と終わっています。

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